「メリー物語の新訳」は成功したか?
『消えた横浜娼婦たち』は、企画段階では『港のマリーの時代を巡って』というタイトルでした。

文字通り「港のマリー」などとよばれた港の女たちを切り口に、街を語る企画です。
それはすなわち「海運の時代」を振り返ることでした。
「日本で一番外国に近い町」といわれ、夜霧とマドロスとダルマ船が似合ったバタくさい場所。
港の話を抜きにして当時の横浜を描くことは出来ません。

映画「ヨコハマメリー」は素晴らしい作品ですが、不満に思う面もありました。そのひとつが「港」や「船」についてまったくといっていいほど触れていないことです。

大野慶人さんの語る、外国人男性とメリーさんの別れの場面だけが、唯一港の登場する場面でした。
絵として港が登場する場面はなかったと思います。
(もしかしたらあったかも知れませんが、記憶に残っていません。その程度の扱いでした)
仮にも「“港の”メリー」の話ですから、これは自分にとってマイナスポイントでした。
それからメリーさんが登場した歴史的な背景、すなわち「港の女たち」の系譜についてまったく触れられていないことも不満でした。
開港以来の「港の遊女」たちの系譜を抜きにして、メリーさんを語ることは出来ないはず。
メリーさんは彼女らの最後の一人なのですから。
(*もちろん終戦後の「パンパン」の影響も無視できませんが、横浜の物語として成立させるためには「波止場に立つ女」として捉えた方が奥行きが出ます)

以上のような点を踏まえて書いたのが、『消えた横浜娼婦たち』です。
メリーさんを孤高の存在ではなく、大勢いた「港の遊女のなかのひとり」として再定義するために、彼女を特別な存在にしておくことは、危険でした。
彼女の神秘のベールをずいぶん剥がさなければならなかったのです。

従ってメリーさんの本名も明かしました。
彼女の故郷の話も場所が特定できない程度ではありますが、かなりしました。

メリーさんの謎の一端を明かすと同時に、「メリケンお浜」「上海お六」「おっぱい小僧」「根岸家の唖娘」「港を舞台にした国際売春組織の話」など、キャラの立った娼婦たちのエピソードや町の噂を取り入れました。

はたして私が提示しようと試みた「メリー物語の新訳」は成功したのでしょうか?
考察 | comments(1) | trackbacks(0)

最近の投稿エントリー
Comments
メリーさんの内情にかなり深く迫った本のようですね。
一度だけすれ違ったことがあるメリーさん、興味があります。
Posted by 桃源児 | 2009/09/02 11:54 PM

コメントはこちらへ











visitors : ブログパーツUL5
about me :
Search this site :
白い孤影 ヨコハマメリー (ちくま文庫)
白い孤影 ヨコハマメリー (ちくま文庫) (JUGEMレビュー »)
檀原 照和
ブログ主の20年に及ぶ取材のたまもの。メリー伝説の語り直しに挑戦する1冊。
バベる! (単行本)
バベる! (単行本) (JUGEMレビュー »)
萱原 正嗣,岡 啓輔
東京都港区三田の某所でビルを一棟、まるまるセルフビルドする男。なんの後ろ盾もないこのプロジェクトはなぜ始まったのか?現在進行形の東京裏名所、その赤裸々な記録。
 (JUGEMレビュー »)

改築工事を繰り返す“横浜駅”が、ついに自己増殖を開始。本州の99%が横浜駅化した。行けども行けども駅から出られない……。
横浜大戦争
横浜大戦争 (JUGEMレビュー »)
蜂須賀 敬明
「横浜の中心」を決めるため、横浜18区の神々が内紛を起こす、という前代未聞の小説。著者は清張賞作家。
横浜グラフィティ
横浜グラフィティ (JUGEMレビュー »)
菅 淳一
1967年の本牧。ナポレオン党を基軸にした青春小説。
消えた横浜娼婦たち 第三章全文 [追訂版]
消えた横浜娼婦たち 第三章全文 [追訂版] (JUGEMレビュー »)
檀原照和
メリーさんを10年取材した書籍の電書版。「なぜメリーという通り名だったのか」から始まり圧倒的な密度で彼女の人生を掘り下げている。
娼婦たちから見た日本
娼婦たちから見た日本 (JUGEMレビュー »)
八木澤 高明
名作「黄金町マリア」の著者の最新作
黄金町クロニクル
黄金町クロニクル (JUGEMレビュー »)
檀原照和
黄金町における「アートをつかったまちおこし」の実態とはいかなるものなのか? 本ブログの書き手が、近隣住民ならではの立場から書き下ろしました。
沢田マンション物語 2人で作った夢の城 (講談社プラスアルファ文庫)
沢田マンション物語 2人で作った夢の城 (講談社プラスアルファ文庫) (JUGEMレビュー »)
古庄 弘枝
高知市内の裏名物「沢田マンション」。建築会社に頼らず、オーナー自ら独力で建設した前代未聞の手作りマンション物語。
平凡なフリーメイソンの非凡な歴史
平凡なフリーメイソンの非凡な歴史 (JUGEMレビュー »)
檀原照和
フリーメイソン横浜ロッジから見た郷土の歴史。山手の居留地という観点からフリーメイソン語りを試みた、過去に例を見ない一冊。
さいごの色街 飛田
さいごの色街 飛田 (JUGEMレビュー »)
井上 理津子
友人の著作です。2011年秋刊行。
我もまた渚を枕 (ちくま文庫)
我もまた渚を枕 (ちくま文庫) (JUGEMレビュー »)
川本 三郎
消えゆく下町の、町歩きエッセイ。寿町、黄金町、鶴見、国道なども登場。
ホームレス歌人のいた冬
ホームレス歌人のいた冬 (JUGEMレビュー »)
三山 喬
2011年度ディープヨコハマ最優秀話題作。舞台は寿町とその周辺エリア。
東京窓景
東京窓景 (JUGEMレビュー »)
中野 正貴
表紙買いしました
汽車住宅物語―乗り物に住むということ (INAX album (13))
汽車住宅物語―乗り物に住むということ (INAX album (13)) (JUGEMレビュー »)
渡辺 裕之
終戦後、困難な住宅事情から汽車を家にする人たちがいた。拙宅の近所にはバスに住んでいる人たちがいたそうだ。
消えた宿泊名簿―ホテルが語る戦争の記憶
消えた宿泊名簿―ホテルが語る戦争の記憶 (JUGEMレビュー »)
山口 由美
読んで後悔しないすばらしい内容。著者は名門「富士屋ホテル」創業者の血縁者。
ナツコ 沖縄密貿易の女王 (文春文庫)
ナツコ 沖縄密貿易の女王 (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
奥野 修司
第37回大宅壮一ノンフィクション賞及び第27回講談社ノンフィクション賞受賞作品。
愚連隊列伝 モロッコの辰 (幻冬舎アウトロー文庫)
愚連隊列伝 モロッコの辰 (幻冬舎アウトロー文庫) (JUGEMレビュー »)
山平 重樹
Vシネマや劇画にもなった「横浜愚連隊四天王」の一人、「出口辰雄」の生涯
寺島町奇譚 (ちくま文庫)
寺島町奇譚 (ちくま文庫) (JUGEMレビュー »)
滝田 ゆう
戦前〜戦中の玉の井遊郭を子供の視点で再現した漫画。遊郭=下町という視点が若い者には新鮮。
Recent Comments
Archives