黄金町にメリーさんの像を展示することの意味について-2
さて今回のメリー作品だが、作者である小鷹さんは吉祥寺のギャラリー「オンゴーイング」の推薦で参加している(「オンゴーイング」は代表の小川 希さんが黄金町のアート講座で講義を行うなど、黄金町と関わりが深い)。
察するにバザールに公式参加している「人物保証のある」作り手であれば、テーマやモチーフが娼婦であっても大目に見るのだろう。
しかし「人物保証のない」作り手の場合は、ここぞとばかりに権威を行使する(近隣住民も同様)。
だからバザール関係者の発言や行動に一貫性はない。
説明責任も果たせない。
そういうことなのだろう。

黄金町における売春や性をめぐる作品発表のガイドラインを示すように、わたしはバザール事務局にずっと言い続けているが、基準が示されたことは一度としてない。

小鷹さんに直接確認したが、プロジェクトの準備段階でバザール事務局関係者と数回面談があった(これは通例で、特別なことではない)そうだが、地元民の意見は聞いていないという。

「地元では娼婦や売春をモチーフにした作品に対して拒否感が強いです。にもかかわらず娼婦をテーマにした作品を発表したのは、特別な強い思いや覚悟があったのでしょうか? あるいは後ろめたさのようなものもあったのでしょうか?」と質問してみた。

返ってきた答えは要領を得ないものだった。
曰く「黄金町に限らず、レジデンス先では歴史と対峙するべき」だからつくったまでで、「娼婦をテーマにした作品をつくったのは自分だけではありません。黄金町にレジデンスしたほかのアーチストもやっています」とのことだったが、先例となる作品の多くは売春や娼婦を直接扱うようなことはしていない。例え暗い過去をテーマにしていても、一見するとそれと分からない場合が多い。多くの場合、地元民は売春がテーマになっていると気がついていないはずだ(詳しくは拙作「黄金町クロニクル」参照。繰り返しになるので詳しくは書きません)。

こちらが訊きたかったのは「外部からやって来たアーチストが歴史と対峙することに対して、地元民は抵抗感を感じている。もうたくさんだと思っている。そのことに対して考慮しなくて良いのか? あるいは考慮した上で、それでも強い意志で乗り切ろうとしたのか」ということなのだが。
小鷹さんと話してみて感じたのは、地元民からの反応はなく、だから地元民の反発に関して考えたことはなかったんだろうな、ということだった。これは「バザール事務局の公認だから」と地元住民も、バザールへの出展作品は大目に見るということの裏返しなのだろう。

一方バザール期間外に作品を発表する場合、地元の協議会の中でもとくに急進的なメンバーばかりを相手にプレゼンをしなければならない。
おそらくはじめから「ノー」という答えは用意されていて、アリバイづくりのためだけにプレゼンさせているのではないかと思う。

他方バザール参加アーチストには、この手の不利なプレゼンは義務づけられていない。
バザール事務局公認のアーチストであれば大目に見て場合によっては協力する。公認作品でなければ非難する。こういう単純なことなのだろう。

黄金町に長期レジデンスしている某アーチスト(現在は長者町アートプラネットに移動)は、黄金町の過去を扱ったツアー型演劇「赤い靴クロニクル」(Port B 2010年 制作協力:急な坂スタジオ)を憎んでいた。
「(「赤い靴〜」制作当時の急な坂のディレクターで、「赤い靴〜」のドラマトゥルクを担当した)相馬千秋さんは嫌い。許せない」とまで言っていた。
しかし、小鷹作品のトークイベントに、このアーチストは協力者としてクレジットされていた。
この人物の過去の発言はなんだったんだろう、と思わざるを得なかった。

結局黄金町行われていることは、「俺たちだけの国をつくりたい。そこでは思う存分好きなことをやりたい。外部の人間から文句は一切言わせない」という世界だ。
そこには理論的整合性も、一貫した倫理や正義もない。
「内輪の人間にとって楽しいかどうか」が価値判断の基準なのだろう。
地域アートの常として、黄金町には批評も批評家も不在だ。

「俺たちだけの国」は「コミュニティー」と言い換えても良い。
「コミュニティー」には、様々な人間がいる。構成員は多様だ。
黄金町の場合、その多様な構成員の中に売春業者もいる、という訳だ。

黄金町の売春業者には二種類ある。

1)「ちょんの間」を所有、または店主として経営する地元民(町内会メンバー)
2)1990年代以降入ってきた外部の人間(主に外国人:追放済み)

2)でなければ OK、というのが現状だ。
売春関係者(または元売春関係者)は浄化推進協議会にも確認できるだけで二名いるが、神奈川県警や横浜市当局は黙認しているようである。
つまり「黄金町の再生」とは外国人売春業者が入ってくる前の状態に戻す、という意味でしかない。
娼婦さえ戻ってくれば、いつでも売春業は復活可能だ。
彼らのやっていることは、「昔のコミュニティーを復活させたい。異物である外国人を排除したい」ということでしかない。外国人娼婦は排除されたが、売春の温床となっている人的資源や町の気風など、あらゆるものの大半は温存されたままだ。そして彼らにはそれを変えるつもりはない。
言うなれば、「売春復活の基盤を壊さないようにしたままジェントリフィケーションを進める」というなんとも矛盾した状況なのだ。

黄金町で60年間売春が行われていたのは、売春とこの町のコミュニティーの相性がいいからだ。
たしかに終戦直後は経済的な理由で売春に係わり始めたのかも知れないが、高度経済成長後はその限りではなかったはずだ。売春業がつづいたのは、住民がそう望んだからだ。
もし売春復活の可能性を完全につぶしたら、既存のコミュニティーは弱体化し、黄金町は黄金町でなくなってしまう。売春の排除は町のアイデンティティーであるコミュニティーの維持と両立できない。
彼らは「(実際にやる/やらないは別として)売春があっても違和感のない町」に居心地の良さを見いだしている。

吉原や「鳩の街」など、戦前の遊里の多くは下町にあった。
黄金町も横浜の下町に位置している。
もし「アートによる町づくり」を加速してジェントリフィケーションを本格化させたら、黄金町から下町の風情そのもののが失われてしまう危険性がある。
逆に売春が復活する可能性をつぶしたいのであれば、町の人間を総入れ替えすることだ。マンションを建て外部から人を招き入れて既存のコミュニティーを弱体化させ、昔を知る人間が死に絶えるのを待つ。これが黄金町を浄化させる基本戦略である。

黄金町における「アートをつかった町づくり」の現状は、市民が本当に必要としていたものなのだろうか?
やるべきことは、もっとちがうことなのではないだろうか?
少なくとも住民の責任問題は総括すべきではないだろうか?
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結局のところ、暗い過去を取り扱うことはデリケートな問題だ。だからレジデンス・アーチストという「身内」ならば許す。だが外部の人間の好きにはさせない。そういうことではないだろうか。

黄金町の過去を描いた名作、たとえば柳美里の「ゴールドラッシュ」は黄金町ではタブーである。協議会の広報担当者曰く「柳美里の本は何冊か読んだ。しあkし黄金町とは一切なんの関係もない」そうだ。

しかし「ゴールドラッシュ」のページをめくれば、「黄金町」「横浜」という単語が何度も出てくる。作者である柳美里自身が、父親の職場があった黄金町に子供の頃から出入りしていたという事実もある。この小説がまさしく黄金町を舞台にした作品であり、地元の人間が感情的になって排除しようとしていることは明らかである。

外部の人間で唯一関連性が認められたのは、黒澤明の「天国と地獄」である。
これは協議会のメンバーの平均年齢が高く、中心メンバーの世代にとって「世界のクロサワ」が特別な存在であることに起因していると思う。

しかし実のところ、「天国と地獄」は黄金町とは関係のない映画である。
映画の中で「黄金町」だとされている麻薬街のシーンは、セット撮影である(当時の黄金町は危なすぎて、とても撮影できる状況ではなかった)。また舞台はあくまでも「麻薬街」であり、架空の街区なのか、それとも黄金町という実在の町を描いたのか、言及されている訳ではない。
「天国と地獄」が黄金町を取り上げているというのは、あくまでも噂に過ぎない。「住民の願望の表れ」と言い換えても良いだろう。
Posted by 檀原 | 2015/10/22 7:23 PM

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