黄金町にメリーさんの像を展示することの意味について-1
今年の黄金町バザール、「売春のない町」を掲げてるイベントにも関わらず、メリーさんを主題にした作品があって唖然とした。おまけにトークイベントまで開催された。
黄金町ではピンクの照明を灯しただけで警官隊に取り囲まれるのに、メリーさんは特例だというつもりだろうか?

http://koganecho.net/koganecho-bazaar-2015/event/2015/10/beyond-yokohama-mary.html

「娼婦をモチーフにした作品をつくると売春防止になる」というその考えが分からない。
黄金町ではあからさまに娼婦や「ちょんの間」を取り扱った作品はタブーだ。

ではもし既に高い評価を受けている有名アーチストの作品であったならば、どうなるのだろうか?

以前ディレクターの山野真悟氏に「例えば、“娼婦とアーチストが役割を交換する”というマリーナ・アブラモヴィッチの『ロール・エクスチェンジ』を黄金町で上演することは可能ですか?」と訊いたところ、
「娼婦や売春をテーマにした作品であっても、よく錬られた作品であれば、OKを出すつもりでいる」と言われたことがある。

しかし、メリーさんをそのまま造形したこの作品、「よく錬られている」と言えるのだろうか?
奥の部屋には映画「ヨコハマメリー」への返答とも言える映像作品も上映されているが、その内容はメリーさんのイメージをいじり倒して遊んでいるとしか言えないものであった。

「ヨコハマメリー」の中村監督は「事前情報なしでこの作品を見ましたが、僕の作品への変わったラブレターなのだと思いました」と述べ、つづけて、正直言ってふざけているのかと思いました、とトークイベントの壇上で語った。

(もっとも少々言い過ぎだと考えたようで「『過去のことを考える契機になる』という意味で、価値のある作品だと思います」と、さりげなくフォローは入れていた)

戦前の作家はしばしば娼婦をモチーフにした小説を書いたが、それは「下層階級の現実の中にこそ、世の中の真の姿がある」と考えたからで、この作品とは意図するものが天と地ほどもちがうと思う。おまけにこの作品、メリーさん本人ではなく、メリーさんを題材にした映画がモチーフである。ついでに言うならば、黄金町はメリーさんの縄張りでさえもなかった訳で。

作者である小鷹拓郎さんは、「ヨコハマメリー」が伊勢佐木町で上演された折り、偶然映画館でこの作品に触れたそうだ。そのときの印象がつよかったため、横浜で滞在制作をするのであれば、この作品と格闘し乗り越えるようなものをつくろうと考えたという。

作者自身の意図はともかく、第三者の目にはメリーさんをダシにして黄金町の過去を承認しつつ、読み替えを計ろうとしているように見えてしまう。
娼婦でありながら横浜市民からその存在や生き様の承認を受けたメリーさん(もっともそれはご本人が横浜からいなくなった後の話だが)。彼女をモチーフにすることで、黄金町にいた娼婦たちの存在、あるいは娼婦たちがいた時代の黄金町も認めて欲しい。そんな風に見えてしまう。
もっとも作者本人はそんな風に考えてはいないだろうが、作品はひとたび発表されれば作者の手を離れ鑑賞者にゆだねられる。制作意図通りに受け止めて欲しいのであれば、それ相当のステイトメントを出しておくとか、美術史のどの辺りの系譜に位置づけられるのか、きちんと説明すべきだろう。

黄金町の運営で問題なのは、浄化推進協議会のメンバーの中に「ちょんの間」のオーナーだった人が入っており、かつ中区役所や横浜市役所がそれを承認していることだ。神奈川県警もこの件に関して把握しているはず(なぜなら設立当初から、常会推進嬢議会の定例会に警察の人間も必ず参加しているから)。しかし彼らはノータッチだ。通常、こういう状態は「癒着」と形容されるのではないだろうか。

この点に関して役所に追求しているが、「過去はどうであれ、今現在はみんなが同じ方向を向いているから問題ないという認識です」といわれ、「なんだそりゃ」と思わざるを得なかった。

協議会の現会長である小林光政氏曰く「結局、みんな昔からの顔なじみで、かつこれからもご近所さんとして暮らしていくのだから、過去のことについて追求しづらい。『ちょんの間』オーナーだったH氏とは顔を合わせる機会はあるが、そもそも話らしい話をしたことがない」とのこと。

つまり「売春のない町づくり」というのは、外部に対するポーズに過ぎなくて、「バイバイ作戦」という「みそぎ」が済んでアートを看板に掲げたのだから過去のことはもう良いでしょ、という空気のようだ。

そもそも「ちょんの間」は地元の普通の人たちが始めたことで、外国人娼婦を招き入れたのも地元民だ。詳細は拙著『消えた横浜娼婦たち』に書いたが、日本が豊かになり娼婦になる日本人女性が減ったため、台湾人女性を入れるようになったのがことのはじまりだった。台湾人を皮切りに福富町のソープランドで見かけるようになったタイ人も入り交じるようになり、徐々に出身地域が広がっていったのだ。この話は黄金町の飲食店組合長を30年以上務めたH氏(町内会長経験者でもある)から得た証言なので間違いないはずだ。私はH氏と五回程度会い、時間を掛けてインタビューしている。

90年代以降問題になった外国人の売春業者というのは、流入してきた娼婦が成り上がって経営側に転じた姿にほかならない。にもかかわらず、横浜市当局ならびに環境浄化推進協議会やバザール事務局は「町とは縁も所縁もない売春業者が海外からやってきて町がめちゃくちゃにされた。地元住民は一方的な被害者だ」と都合の良い主張を繰り返している。過去の清算を済ませずに、隠蔽したまま時間による風化を図りたいのだろう。

実際、小林氏に「なぜ(よその町でなく)黄金町で60年間も違法売春が行われていたと思いますか?」と質問したところ、「そんなことは一度も考えたことがなかった。私だけでなく、誰もそんなことは考えたことがないと思う」との答え。原因が分からないのであれば、正しい対策も取れないはず。

一方、黄金町に割ける行政の予算は枯渇しているから、東京オリンピック後のリバウンドがやってくる2020年以降、黄金町は「アートの町」ではなくなる筈だ。
今年のバザールの会期が従来の三ヶ月から一ヶ月に短縮されたのが、終わりの始まりかと(予算不足のためか、今年はクラウドファンディングで不足分を補っている。過去二回にわたって集金に失敗しているが、今年はなんとか56万円集めることに成功した模様)。

実際、山野氏は去年のバザールが終わった頃、「次回からバザールは三年に一度にしたい」と周囲に漏らしていた。しかし警察の顔を立てるためにアニュアル・イベントとして継続せざるを得なかったようだ。

黄金町の浄化はじつは三度目だ。
一度目は売防法が施行された昭和33年からの数年間。
二度目は「麻薬銀座」の後(たしか昭和37年ごろ)。
今度で三回目。文字通り三度目の正直である。

しかし地元の「なあなあ体質」を見ていると、2020年以降「アート」が消えるであろう黄金町で、違法な経済活動をする団体が再起動するのは半ば確定ではないだろうか。
(*そもそも論として黄金町の浄化推進協議会のメンバーが「アートの町というのは『普通の町』に至るまでのつなぎに過ぎない」と twitter 上で発言しており、黄金町が半永久的にアートの町でありつつけるというのは、世間の支持を得るための方便でしかない(!?)ことが伺える。もっともこの件に関して横浜市役所と中区役所の担当者計三名に確認したところ「そんな話は聞いていない」と、協議会メンバーの個人的意見として認識している旨、回答された)

「ちょんの間」のうち、半分くらいはまだコントロールできていないし、ヤクザ屋さんの事務所も健在だ(いなくなった組もあり、この部分に関しては一定の成果が上がったといえる)。

黄金町にはパブリックアートが、目立たない場所にしかない(しかも一定期間を経過して撤去されたものが少なくない)。川沿いの一等地にはまったくないのはよく知られているとおりだ。
一番目立つオブジェが交番の「イセタカ君」だというのが象徴的だ。

協議会によると、パブリックアートの代替物として近日中に黄金町の交番の外壁に「バイバイ作戦10周年記念プレート」が設置される予定だという。これは文字書きだけの記念碑で、レリーフのようなアーチスティックなものではない。これが「アートの町だった唯一の痕跡」となるのだろう。なんとも寂しい話である。

つづく)→→→

*2015年11月17日、若干追記修正しました
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肝心な"Beyond Yokohama Mary"の感想ですが、2007年(再演2008年)に「横浜未来演劇人シアター」が上演した「市電うどん」と切り口や見せ方が似ているな、と感じました。

http://mirai-engekijin.com/diarypro/diary.cgi?field=5

今回の作品と両方知っている者としては、どうしても二番煎じを見ている気分になってしまいます。
「市電うどん」はほとんど知られていない作品なので、事前リサーチで引っかからなかったのだと思いますが、もしこの作品を知っていたら、"Beyond"はかなり違う作品にせざるを得なかったのではないでしょうか。
Posted by 檀原 | 2015/10/22 2:27 PM

書き忘れていたことがあったので追記

「なぜこの作品に OK を出したのですか?」と山野氏に直接訊いたところ
「もう年だから、個々の作品について一々理由は覚えていない」
と言われた。
ものすごい説明能力。
彼の給与の出所は横浜市民の税金。
僕を含めた横浜市民は、ささやかではあるが、山野氏のパトロンだ。
パトロンに対してこの態度はないと思う。
もっと真面目に働いて欲しい。
Posted by 檀原 | 2015/10/22 3:09 PM

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